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これが明けたら確実に暖かくなるからと断言できるほど お話の外では時間も進んだが、
そちらはまだ寒風吹きすさぶ お彼岸の真っ只中で。
武装探偵社とポートマフィアが誇る実働班の精鋭四人が、
とある路地裏で顔を合わせていたりする。
端迷惑にも人に犬耳を植えてしまう異能に罹ってしまい、(否、風邪じゃないし)
このままでは任務に障るからと異能無効化を保持する太宰を襲ったマフィアの方々と、
何とか事情を均す段まで意気の方向性を揃えた皆様だったというところ。…ここまでの板書よろしいか?(おいおい)
さてとて
太宰自身も指摘したことだが、
異能者本人を取り逃がしたことから “しまった”と焦り出した彼らだったらしく。
当人が捕らえられたままなら、
それこそ太宰ほどではないにせよ異能無効化のスキル持ちはマフィア側にも心当たりが居なくもなく、
其奴を連れて来て…という対処も出来たろうに。
今の今、太宰がじかに中也へ触れても何の変化もない辺り、
常時開放型ではないらしく、異能者本人へ触れるしか解けない模様。
「其れか一定の時間を待つか、何か解錠の鍵があるか、ってところかな。」
大して制御の技を練ってないよな手合いなのなら、その影響力だって知れているから、
どれほど鮮やかで厄介な代物でも自然に解けてしまうのだけれどと。
異能あっての異能の持ち主だけに、
太宰としてはそういったカテゴリー的なことにもある程度は通じておいでで。
「抑々、そういう異能者だっての判ってたの?」
ヨコハマ裏社会を席巻中の雄であるポートマフィアは、在籍する者にも異能者を数多く抱えている。
武装の必要がないような過激な異能も多々あること、早い時期から首脳部が重々把握していたからで、
物になりそうな異能持ちは、見つける端から幼くとも引き入れていたほどであり。
よって対処法にも長けているし、
何かしらの作戦行動に出るにあたっては 用心して相手側の陣営を浚っておくのも基本だが、
「そんな奴がいるなんて欠片ほども聞いてはなかったようだ。」
もともとこの二人が担当した任務でもなかったそうで、
たまたま大騒ぎになった段で傍に居合わせたというだけの、完全なる巻き込まれ組だとか。
時折頬を撫でてく寒風に身をすくめる敦へ、目顔で“来い来い”と傍まで呼んで、
「??」
先程 太宰へ触れるのでと手套外した手を伸べると、
まだまだ柔らかい頬をぱふりとくるんでやりつつ、
「麻薬の密輸組織を炙り出す中で捕まえた手勢の中に居たらしくてな。」
わあ中也さんの手って温かい
だろう、脂肪率低いから平熱も高いぞ
それって子供体温なだけじゃないの?
〜〜〜〜っ
「…お二方。」
脱線するのも余裕のうちか。いやいやそんな場合じゃあなかろと、
芥川の一声で中也が我に返って話を元に戻す。
「薬と現金とを抱えて2つの組織が取り引き中だったところへ襲撃を掛け、
双方の主幹格を一網打尽にしたまでは順調だったらしいんだが。」
それ以外の薬や盗品を納めていよう塒を吐かせるため本拠へ移送し、
収容房へ放り込んでいたところで隙を突かれ、とんでもない騒動になったらしく。
「俺はこれでも避けられた方だ。」
口惜しさが至ったか、中也の頭で赤毛の獣耳がふるりと揺れて。
間近でそれを見た敦がついつい鼻先をそれへ触れさせ、どうどうと宥める。
触れた相手を獣もどきに転変させるだなんて、
殺戮だの破壊だのへの特化じゃあない分、犯罪組織への対抗火力としてはつまらない異能。
それで外部にも洩れてはなかったというところか。
そんな代物じゃああるが、一気にその場に居た者らへ広がってパニックになったというから
波及力だけを見ればなかなか強力なそれだったようで。
「なんかそれって黒Gみたいだね。」
「…そのネタ、蒸し返しますか?」
敦くん、ツッコミありがとう。
サイトに妙な看板が掛かりそうだから、辞めてください太宰さん。(う〜ん)
「ひとたびは伸されて倒れたそのまま、一網打尽されてたようでな。
連携取ってる組織や盗品を収蔵した場所なんかを吐かせようと移送した本拠で
担ぎ上げられるかして意識が戻ったらしく。
周囲の仲間や監視役のウチの黒服を手当たり次第に犬にして、
場を大きに混乱させたその騒ぎに紛れて逃げたってやつでな。」
太宰が読んだよに紛うことなき接触型だったようで、その接触時間で転変の度合いが変わるのか、
「どこの誰かも判らぬほど、
服ごと吸い込まれてって四つん這いのすっかり犬そのものになった奴や、
擦れ違いざまに軽く触れただけなのか
中途半端に耳や尻尾が付いた犬人間になった奴とか量産しやがって。」
中也もその後者の側だったらしく、
「そんな有様となった騒ぎの中、本人も犬になっちまったらしく。
どれが誰やら出口まで流れになって飛び出す犬や犬もどきの中の どれかが本人だったようだが、」
本部のサイバー班が総出の大急ぎで館内の監視カメラが収録した画像を解析中だが、
パニック起こしたか身内にもかかわらず外へ飛び出したクチも結構いたようなんで
どれが其奴でどの方向へ逃げたかなんてことさえ、まだ確定には至ってねぇと。
中也が苦々しくも言い切れば、
「うわぁ、なんてことするの其奴。」
ネズミー映画みたいな様相になったのかと、面妖な騒動を想像した敦の向かい側で、
妙に悲壮感たっぷりに太宰が慄き、
寒風に揺れる外套の裳裾を見下ろすように、視線が下がっていた芥川の方へと手を伸ばす。
「もしかして野良犬の流れに飲まれたりとかしてないかい?」
「…そこは、先達が。」
立ち尽くしかかった自分だったのへ盾になってくれたせいで、
自分は無事だがこの顛末なのだと もしょりと呟く彼が、ややもすると険しい顔になったのへ。
女性のように悲鳴を上げて逃げ回ったり卒倒するほどじゃあないようだが、
それでも、忌々しそうに睨んでたりする素振りから、
ああ、そういや犬が苦手だったな、と
そこまで師匠に合わせているのかと訊いたことがあって。
勿論 “合わせてなぞおらぬ”と睨まれてしまったところまで
敦が そっかと思い出す。
彼が幼いころに居た貧民街とやらには、そちらも生きるためにと凶暴に牙剥く野犬もいただろし、
人から石もて追われたからかやたらと吠えて噛みつく気の荒い犬や
前後も判らぬ病を持つ犬に追われることだって少なからずあったやもしれぬ。
襲われたら命も危険という対象ならばトラウマがあってもしょうがなく、
当然のこととして太宰も中也もそんな彼だというのは知っていたのだろう。
ほんの刹那でも動作や反応が凍ったら命とりな場面も多い身、
なのでという援助対処も自然と身に染ませていた中也だったに違いなく。
「……。」
先程、中也が見てくれが滑稽だとかどうとかには動じない人だと言い切ったよに、
幼いころからポートマフィアに居る彼らは荒事への肝の据わり方が根本的に違う。
目的は果たしたその上で、競った相手を見逃がさず その場で殺すことも決して奇異ではない。
手古摺った相手であればあるほど次にも出てきて手古摺ることは明白。
ならば、たとい いい鍔ぜり合いした好敵手でも、
今目の前にいるうちに、疲労困憊でいるうちに、
息の根を止めておいた方がいい、という判断もまた 特異ではない物差しとする人々で。
それと同じく、弱い者は弱さゆえに滅んでも仕方がないとされ、
かつての彼が 弱きものは道を譲れと口癖のように言っていたのも裏社会では当たり前。
慈善や慈愛など存在しない非情な世界なのであり、
なので子供や女性は延命の手段として取り入る術を身につけもする…のは別な話なので置くとして。
苦手とするものがあったとしても、あのような場では自身で受け止めるべきそれを、
身代わりになってくれた展開や庇われた自分が許せぬか。
常以上に表情が硬い 漆黒の青年なのが敦にも察せられ。
この場に居合わせる二人の先達への、
礼をわきまえてのそれだけだとは到底思えぬ硬質な気配なのへ、
どう取り成せばいいものかと戸惑っておれば、
「芥川くん、とりあえずヨコハマから逃げよう。」
「…っ☆」
あああ、そういやこの人もまた犬は苦手とか言ってたなぁと。
場の深刻さを軽々と蹴倒してくれた、元マフィアの麗しき美丈夫様、
かっこ 愛し子の手をひしと、包帯が手首までまかれた両手で包み込んで、
それは真摯にも熱烈に、逃避行という名の駆け落ちへの説得中 かっこ閉じるへ、
「追跡は任されますが、連絡が付けやすいところに居てください。」
苦手ならそれもしょうがないと、諦念から目許を眇めた敦がやや譲ったらしい言いようをし、
捕獲対象へ直接向かうのは自分が請け負うが、行方不明にはならないでとクギを刺す。
着信拒否なんてしないでくださいよ?
何を偉そうに太宰さんへ命ずるか
おや、生き返ったか禍狗、と。
今は正面切っての対峙中でもないのに、むしろ共同戦線張ろうという気配だってのに、
何でか意気軒高にも挑発的な物言いになった虎の少年。
兄弟子さんがきりきりと双眸眇めつつ ムッとしたらしい言いようを飛ばすのへ、
すくりと胸張り言い返す。
「…。」
荒事専門の武装探偵社における実務担当ながら、
日頃のお顔は人が良くって及び腰。
それさえ似合う淡い色合いの風貌は、女性や子供にも懐かれやすい手弱女系。
さやかな風にもさらりと揺れる銀糸の髪に、やはり色素の薄い白い肌をし。
夜陰の濃紺が少しずつ訪のう暁により裳裾から明けてゆくよな混色、
紫と琥珀が入り混じった不思議な瞳がいや映えて。
長く居た孤児院での劣悪な環境の余波、
頼りないほどに華奢な肢体をしているものの。
戦闘特化された異能を顕現させれば、
銃弾凶刃さえ弾く虎の毛並みに覆われ、
増した膂力で格闘の勘も倍化するその上、
魔性も切り裂く爪は、異能を断つ神気さえまとうというから、
本気で怒らせればこれほどおっかない相手はなかろう白虎の少年で。
片や
一級品の陶貌人形のようと マフィア内の女性構成員らからこそり讃えられる
冷ややかに冴えた美貌の青年。
呼吸器の疾患があるためか、戦線班とは思えぬほどに華奢ではあるが
歴戦の勇者だけはあってか最低限の筋骨は作り上げており、
射干玉のような漆黒の双眸は、狩りにかかると表情を飲んでの昏さを孕み、
夜陰を切り裂き、尚の昏きを押し広げ、
何物をも吸い込む、悪食な漆黒の獣を操って、
裏社会最強の魔獣とならんとしている禍狗殿とは、
出会いがそもそも険悪なそれで。
生け捕り目的の強襲を掛けたにもかかわらず、
部下の危急を前に
当時の最強の異能で白虎の胴を食いちぎったほど
現場主義派の漆黒の覇王様。
「…。」
「…。」
ここ最近はそりゃあ仲が良くなったとはいえ、そもそもは師匠ら以上に犬猿だった彼ら。
顔を合わせればそのまま殺意のこもった眼差しで睨み睨まれ、
殺し合いに等しき本気であろう、
互いの異能を繰り出しての壮絶な喧嘩も頻繁なそれだったのであり。
「早急に手を打たねばならないのは判るだろ?」
真剣本気、この子のこれはよほどの敵でなけりゃあ見ること叶わぬ、
透いた瞳をなお澄まし、斜に尖らせた双眸で歳の近い兄様を見やった敦が、
畳みかけるように言い放ったのが、
「このままヨコハマが犬まみれになってもいいんだな?」
「う……。」
逃亡中の異能者を野放しにするというのは即ちそういうことだぞと、
真顔のままで言い切る敦へ、
漆黒の魔獣を操る青年がぐうと口ごもったものの、
いや そうはならないと思うけど。
だよな、
当たるを幸いなんてノリで量産してたら、此処に居ますと触れ回るようなもんだし。
この子たち何時もこういう ツッコミ不在のデートしているんだろうかと、
ついつい苦笑が洩れた先達二人。
所詮は慣れない啖呵売か、何だか平仄が合わないまんまの物言いだったが。
渋々だが準じてやるという格好で
“任せるぞ”という言質を芥川から取りたい敦くんらしいねぇと太宰が苦笑し、
こいつ絶対 大物になんぞと、中也も苦笑して敦の傍らへと寄る。
「とりあえず其奴を探して連れておいで。
キミらの次の任務とやらへの、タイムリミットがあるんだろうし。」
中也は首実検と本拠からの連絡を受け取る要員だから同行するのはしょうがないが、
それ以上の犬化が進まないようにね。
敦くんは、虎の方が強かろうから大丈夫だとは思うけど、それでも
「爪で相手を裂いちゃわないように。」
「…はい。」
「?? 敦?」
太宰と敦のやり取りへ、
え?何のことだ?と、柔らかそうな犬耳をふるると揺らす中也であり。
そんな彼への説明も惜しいと言わんばかり、
さぁさ取り引き現場とやらへ まずは行きましょうと虎の子が駆け出す。
「ありゃ、話してないのかな。」
「少なくとも僕からは告げておりませぬ。」
___ 虎の爪には異能を裂く力があるということ
それを繰り出せば、太宰の無効化ほどではないがそれでも、
彼自身へ寄せる凶悪な異能の影響を断つことはある程度 可能だろう。
そんな新しい能力に、目覚めたのだか気づいたのだか、
日に日に強さを増す少年であり。
寒空の下、駆けてゆく二人を見送りながら、
口許へ咳を押さえるように手を遣った芥川が小首を傾げ、
太宰さんへも話してはなかったような。
うん、キミからはね。
ふっふーとそりゃあ目映く、その分裏が大ありという胡散臭い笑顔をして見せてから、
「敦くんから聞き出したよ。だって私あの子の師匠だしvv」
抜かりはないよと事もなげに言う、相変わらずに周到なお人で。
「さて。それじゃあ “うずまき”ででも待つとしますか。」
勿論、キミも一緒にだよと、
薄い背中へ腕を回し、可愛い愛し子を引き寄せる。
いつの間にやらオウムのような形した蕾をいっぱい枝へと留めた、
ベニモクレンの樹が向かいに望める舗道へ戻って、
吉報を待とうとこちらもまた歩み出す彼らである。
to be continued.(18.03.21.〜)
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*なんか脱線し倒すやり取りになっちゃったのは、
テレビ観ながら打ってたからです、すいません。
結構大変な状況のはずなんだけど、解きたい異能が獣耳じゃあねぇ…。(こらっ)

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